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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)2132号 判決

原告(反訴被告) 粟村薬品工業株式会社

被告(反訴原告) 大阪製薬株式会社

引受参加人(反訴参加原告) 大幸薬品株式会社

主文

原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

原告(反訴被告)は引受参加人(反訴参加原告)に対し、登録番号二十三万五千六百七十一号の商標を使用し、且之を使用した薬剤を販売してはならない。

引受参加人(反訴参加原告)のその余の反訴請求を却下する。

訴訟費用は反訴本訴共全部原告の負担とする。

事実

原告(反訴被告、以下単に原告とのみ称する)訴訟代理人は、本訴につき、「被告(反訴原告、以下単に被告とのみ称する。)大阪製薬株式会社と訴外田中正三間の昭和二十三年五月十四日付の登録番号第二十三万五千六百七十一号商標権の譲渡行為、竝に被告大阪製薬株式会社と、引受参加人(反訴参加原告、以下単に引受参加人とのみ称する場合がある。)大幸薬品株式会社との間の昭和二十九年七月二十八日付前記商標権の譲渡行為、はいずれも無効であることを確認する。被告大阪製薬株式会社竝に引受参加人大幸薬品株式会社はいずれも前記商標権を有しないことを確認する。引受参加人大幸薬品株式会社は特許庁に於て前記商標権の抹消登録申請手読をせよ。訴訟費用は被告竝に引受参加人の負担とする。」との判決を求め、

反訴につき、「被告竝に引受参加人の反訴請求を棄却する。」と、の判決を求め、

本訴の請求の原因として、

「登録番号第二十三万五千六百七十一号商標権(片仮名「セイロ」の文字から構成され、指定商品は第一類丸薬のみの商標)(以下本件商標権とのみ言う場合がある。)は元訴外浪速製薬株式会社が昭和五年八月三十一日出願し、昭和七年七月十二日その登録を受けたものである。

右訴外浪速製薬株式会社は昭和二十二年三月十二日本件商標権を訴外田中正三に譲渡し、同年十月三日その登録を得た。而して訴外田中正三は更にこれを昭和二十三年五月十四日被告大阪製薬株式会社に譲渡し、被告会社は昭和二十四年六月三十日その登録を受けた。被告会社は更に昭和二十九年七月二十八日右商標権を引受参加人大幸薬品株式会社に譲渡し、引受参加人会社は同年九月二日その旨の登録を受けた。

然し、右一連の登録の譲渡行為は総て本件商標権の譲渡としては無効である。けだし、(一)訴外浪速製薬株式会社は昭和十七年三月以後当時の所謂戦時態勢下に於ける売薬営業整備要綱に基いて、その売薬営業を廃止したのであるから、同時に本件商標権は消滅した。従つてこれを訴外田中正三に譲渡することは法律上不可能且無意味のことであつて、これを順次被告竝に引受参加人に譲渡することも出来ないのであるから、これらの譲渡行為は総て無効である。(二)仮りに訴外浪速製薬株式会社は営業を廃止したものでなく訴外田中正三に本件商標権を譲渡した当時その商標権を有していたものとしても、訴外田中正三は当時訴外浪速製薬株式会社の取締役であつたからその商標権の譲受けについては右訴外会社の株主総会の所謂特別決議を要するに、右訴外会社はこれを得ないで譲渡したのであるから、右譲渡は無効である。従つてその後の譲渡も前記のように総て無効である。(三)仮りに以上の理由がないとしても訴外田中正三が訴外浪速製薬株式会社から本件商標権を譲受けた際は前記のように右訴外会社の取締役であつたから同訴外人はその当時右訴外会社の営業と同一部類の薬剤殊に丸薬に関する営業をすることは法律上禁止されていたところであり、且事実上も当時竝にそれ以後同訴外人が本件商標権を被告大阪製薬株式会社に譲渡した昭和二十三年五月十四日迄の間、同訴外人はかゝる薬剤に関する営業をしていなかつたのであるから、同訴外人の被告大阪製薬株式会社えの本件商標権の譲渡に際しては譲渡すべき営業がなかつた。従つて勢い同訴外人は営業を伴わない商標権のみの譲渡は商標法第十二条によつて無効である。それ故被告大阪製薬株式会社は適法に本件商標権を取得しないし、引いて引受参加人大幸薬品株式会社も同様適法にその権利を取得しえないものである。序みに訴外田中正三は個人としては初めから一度も薬剤に関する営業をしたことがないのであるから、その営業の準備行為をしていたこともなかつたのである。しかも被告会社の主張するような訴外田中正三は本件商標権を営業と共に被告会社に出資した等のことは全々あり得ないことである。

かくて、訴外浪速製薬株式会社の有した本件商標権は同社の前記営業の廃止による消滅がないとしても、昭和二十七年七月十二日を以て二十年の存続期間の満了によつて消滅したのである。

然るに被告大阪製薬株式会社竝に引受参加人大幸薬品株式会社は正当に本件商標権を譲受けたとして夫々前記のように特許庁に於て登録を受けているが、もとよりその各譲受行為は法律上無効であり、従つて右登録は無権利者のためになされた登録であるから無効であつて抹消さるべきである。尚被告大阪製薬株式会社は昭和二十七年三月十八日特許庁に対し存続期間更新登録出願をし、同年七月十八日その更新登録を受けているのであるが、これまた無効なことは勿論である。

原告は薬事法に基いて厚生省に於て医薬品の製造の許可を受け現に「セイロ」丸製造販売の事業を経営している関係上被告竝に引受人参加人からの無効な本件商標権の対抗を防止するため、本訴を提起した次第である。」と、述べ、反訴に対する答弁として、

「原告が被告竝に引受参加人等の主張する商標を使用していることは認めるが、本訴に於て主張するように被告竝に引受参加人はその主張の商標権を有しない。従つてその反訴請求は理由がない。」と述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は

本訴につき「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

反訴につき、「原告は被告の有する登録番号第二十三万五千六百七十一号商標「セイロ」と同一の商標を薬剤に使用してはならない。反訴訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

本訴の答弁として、

「原告主張の請求原因事実の中、訴外浪速製薬株式会社が原告主張日時その主張の本件商標の出願登録を受けたこと、右商標権が原告主張日時右訴外会社より訴外田中正三に、次いて同訴外人より被告会社に、被告会社は引受参加会社に順次譲渡されその都度特許に於て移転登録を受けたこと、その間に被告会社に於て原告主張日時存続期間更新登録を出願してその更新登録を受けたこと、原告がその主張のように「セイロ」の商標を使用していること、は認めるが、その他の原告主張事実は否認する。

(一)  原告は訴外浪速製薬株式会社は昭和十七年三月以降営業を廃止したから本件商標権は消滅した、と言うけれども、大東亜戦争中厚生省の売薬営業整備要綱に基いて当時の所謂売薬業者は自己の意思にかゝわらず整理統合されたのであつて、原被告竝に訴外田中正三、及び右訴外会社等約三十余名の配置売薬製造業者は合同して大阪売薬製造株式会社を設立しその後大阪医薬品製造株式会社と改称して配置売薬の製造に当り、販売面に於ては配置販売業者が統合して大阪府配置商業組合を結成してその販売の衝に当つたのであるが右商業組合は後統制組合となり更に大阪府配置薬商業協同組合となつた。

かくて訴外浪速製薬株式会社は戦時下国家的要請によつて一時医薬品の製造販売を中止するの止むないこととなつたけれども、これは商標法に言う営業を廃止したものではない。従つて本件商標権はこれがため消滅したものではない。

(二)  更に原告は訴外田中正三は当時訴外浪速製薬株式会社の取締役であつた、と言うけれども、同訴外人は本件商標権の譲受当時右訴外会社の取締役ではなく清算人であつたから原告の言う特別決議を要しない。仮りに同訴外人が取締役であつたとしても、右訴外会社に於ては昭和二十二年一月二十七日の定時株主総会に於て本件商標権を右訴外人に譲渡するについて特別決議をしているから、右譲渡は有効である。

(三)  また原告は訴外田中正三は医薬に関する営業をしていなかつたから、本件商標権の譲渡は営業を伴わない譲渡である、と言うが、前記(一)に於て述べたように訴外田中正三は戦時中配置売薬製造業者が統合して設立した大阪売薬製造株式会社(後の大阪医薬品製造株式会社)の株主となりその重役であつたし、またその販売業者の統合体であつた、大阪府配置商業組合(後に協同組合となる。)の組合員であつたのである。而して右配置商業組合(後に協同組合となる。以下単に組合と言う場合がある。)は配置薬の販売業者が前記厚生省の整備要綱に基いて府県別に統合して作つたもので、配置薬の共同販売をする機関であつた。その組合員の中原被告竝に訴外田中正三等の十数名の所謂懸場帳主会を組織したのである。右懸場帳主というのは配置薬の販売営業主のことであつて、訴外田中正三は従来から配置薬の販売営業をしていた営業主であつたのであり、右企業統合後も所謂懸場帳主として前記組合によつて他の懸場帳主と共同販売をしたのである、従つて訴外田中正三は戦時中の右企業統合が行われ、終戦後その企業の統合体が分離する迄売薬の製造竝に販売に関する営業者であつたのである。然かも右配置薬の販売については各懸場帳主は組合より申請して鑑札を受けた販売人をして配置販売をさせるのであるから各個人の店舗又は営業所を必要としないのであつて、訴外田中正三が別に店舗や営業所を持つていなかつたからと言つてその営業主でなかつたと言うのは当らない。かくて訴外田中正三は戦時中はもとより終戦後も引続いて売薬営業をしていたのであつて、昭和二十二、三年頃に以上の各統合企業の分離が行われたのであるが右訴外人は昭和二十二年三月十二日訴外浪速製薬株式会社よりその営業と共に本件商標権を譲受け、更に昭和二十三年被告会社にその営業一切竝に本件商標権を出資するために譲渡したのである。従つて本件商標権は適法に被告に譲渡されているのである。

仮りに訴外田中正三が本件商標権を譲受けて後営業をしていなかつたとしても、それは営業の準備中であつたのであり、且一時営業を中止していたに過ぎないのである。然かも同訴外人が営業の準備中であつたり、また、一時中止していたのは同訴外人が戦災を蒙つたがためであつたのであるから商標法第十四条に言う正当の理由のある場合に該当するのである。同訴外人は開業準備中であり一時中止中の営業を被告に譲渡したのであつて、このような営業準備中、一時中止中の商標権者が譲受人をしてその営業を開始させることを約して商標権を譲渡することは有効であることは判例の示すところであるから、本件商標権の被告えの譲渡は有効である。

原告は被告が商標権を有する本件商標を不正に使用しながら、本件商標と類似の商標の登録出願をし、且本件商標の登録取消審判を請求し、そのいづれもが請求不成立の審判を受けるや本訴を提起するに至つたもので、本訴は原告が無法の法理を構えて本件商標権を独占しようとする野望を逞しくするものと言わねばならない。

それのみでなく被告は本件商標権をその営業と共に原告主張のように引受参加人に昭和二十九年七月二十六日譲渡したのであるから、被告は最早や被告としての適格がない。それ故原告の本訴請求は速かに棄却さるべきである。」と、述べ、

反訴の請求の原因として、

「本訴の答弁として述べた通り本件商標権は被告の有するところであるのに、原告は権利なくして右商標権の商標と同一の商標を自己の製造販売する薬剤に使用し、被告の商標権を侵害しているからその使用の差止めを求める次第である。」と述べた。〈立証省略〉

引受参加人訴訟代理人は、本訴につき、

「被告の主張を全部援用する。尚引受参加人はその主張を敷衍補充する。

(一)  先づ原告は昭和二十三年五月十四日為された本件商標の譲渡は無効であると言い、更に本件商標権は昭和二十七年七月十二日を以て存続期間の満了によつて消滅したと主張している。更に原告は被告の訴外田中正三よりの本件商標の譲受けに伴う移転登録は期間の懈怠があるとして特許庁に対し登録取消審判を請求し(昭和二十八年審判第一一二号)これは原告の申立は立たなかつたのである。これらをみると原告は本件商標権の無効時期を何時と言うのか、その主張自体首尾一貫しない。

(二)  原告の本訴請求は何等の実益を有しない。

即ち引受参加人大幸薬品株式会社は本件商標権の連合商標として、「せいろ丸」につき昭和二十九年十一月十五日登録番号第四五五四八六号として登録を受けその商標権を有し、更にその連合商標として、「正露丸」「征口丸」「清露丸」についてもいづれも商標権を有し、これら一連の連合商標によつて本件商標「セイロ」は確保されているのである。

(三)  原告は訴外浪速製薬株式会社は営業を廃止したから本件商標権は消滅したと言うが、昭和十七年二月十八日の厚生省の整備要綱に基いて売薬業者は整備統合されたのであつて、その生産面に於ては昭和十八年二月十八日大阪売薬製造株式会社を設立し、販売面に於ては大阪配置商業組合を設立し夫々業者は統合されるに到つたものである。右整備要綱に基く統合は当時の戦時下強権発動を前提とした事情の下に行われたもので各業者の自由意思に基くものではなかつたことは顕著な事実である。このような自由意思に基かない外部からの抗し得ない事情によつて営業行為の継続が望めなかつたことは営業の廃止と言うべきではない。けだし商標法に言う営業の廃止とはあくまで商標権者の自由意思によつて積極的に営業を廃止することを言うのであるからである。訴外浪速製薬株式会社は前記要綱に基く統合によつて止むなく営業の主体性を失つたまでのことで、これはその統合企業体の中に於て従来の自己の営業を継続していたものとみるべきである。殊に商標法上に言う営業行為とは生産製造販売加工選択証明取扱等頗る広汎に亘る行為を言うことは商標法第一条に規定するところであるから、訴外浪速製薬株式会社の右の様な営業行為は商標法に言う営業行為と解すべきであつて、同訴外会社は営業を廃止したものではない。

(四)  また原告は訴外田中正三は営業をしていなかつた、と言うけれども、前述のように整備要綱に基いて販売業者は統合して配置商業組合を設立して統合したが、従前の配置薬販売業者所謂懸場帳主はその組合員となつて、その組合の統制に服しつつ自己が販売行為をしたのである。訴外田中正三は販売業者であつて、右統合企業体である右組合に於ける懸場帳主として自己の営業を継続していたのである。勿論商標権は営業とは不可分のものではあるが、その営業の廃止は自己の自由意思に基くものでなければならないことは前述の通りであるし、且その営業と言うことも必ずしも現実的具体的でなく営業の意思を以つて足るものと解すべきであり、然かも営業の廃止による商標権の消滅を規定した商標法第十三条を適用するに当つては少くとも当該商標が現に営業の伴わない現実の問題を対象とすべきであつて、営業廃止の意思のない限り営業をしていないと言う事実があつても、それは単なる営業の中止に過ぎないものであり、且営業の廃止による商標権の不存在の事実は現に営業している限り否認せらるべきである。

(五)  更に訴外浪速製薬株式会社が訴外田中正三に本件商標権を譲渡するに当つては適法な手続を経て行われたのであつて、而かも更に被告会社は右訴外人より之を譲受け、被告に於て本件商標権の更新登録を受けたものである。而して商標権の存続期間更新登録の本質は唯単なる存続期間の延長とみるべきでなく、新たな商標権を取得することであると解すべきであつて、この見解によつてたとえ被告会社の訴外田中正三よりの譲受けに瑕疵があるとしても被告は右更新登録によつて新たに本件商標権を取得したものと言うことができるのである。

その後更に引受参加人大幸薬品株式会社は被告より本件商標権を譲受けたのであるから、引受参加人は現在本件商標権者であつて、原告の本訴請求は失当である。」と述べ、

反訴について、

「原告は反訴参加原告(本訴引受参加人)の有する登録番号二十三万五千六百七十一号の商標竝にその連合商標なる同第四十五万五千九十五号「正露丸」と同一性の「セイロ丸」、「キヨウセイロ」、「セイロ」「正露」をその要部とした商標を使用し、又は之を使用した薬剤を販売してはならない。反訴々訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「本訴の答弁として述べた通り反訴参加原告は本件商標権を有するのに原告は反訴参加原告の商標権を侵害して本件商標権の商標竝にその連合商標権として反訴参加原告の有する請求趣旨記載の登録番号第四十五万五千九十五号「正露丸」と類似の商標を使用し且将来之を使用するおそれがあるからその差止めを求めるものである。」

と、述べた。〈立証省略〉

理由

本訴竝に反訴について一括して審按する。

一、先づ登録番号第二十三万五千六百七十一号商標権(片仮名「セイロ」の文字から構成され、指定商品は第一類丸薬のみの商標)は訴外浪速製薬会社が昭和五年八月三十一日出願し、昭和七年七月十二日その登録を受けたものであること、右訴外浪速製薬株式会社は昭和二十二年三月十二日本件商標権を訴外田中正三に譲渡し同年十月三日その登録を受け訴外田中正三は更にこれを昭和二十三年五月十四日被告大阪製薬株式会社に譲渡し、同年六月三十日その登録を受け、更に被告会社は昭和二十九年七月二十八日これを引受参加人大幸薬品株式会社に譲渡して同年九月二日その旨の登録を受けたこと、その間被告会社に於て昭和二十七年三月十八日右商標権の存続期間更新の登録出願をして同年七月十八日その更新登録を受けたこと、はいづれも当事者間に争がない。

二、そこで右一連の本件商標権の譲渡行為が無効であるかを検討する。

(一)  成立に争のない甲第五号証に原告代表者本人粟村栄一、被告代表者本人稲吉太七の各訊問の結果を総合すると

今次大東亜戦争中当時政府のとつた各種企業整備政策の一環として売薬の製造竝に販売について昭和十七年二月十八日厚生次官通牒である売薬営業整備要綱によつて企業の統合が行われた。即ち右通牒に基いて大阪府に於ては多数の売薬製造業者が集り出資して大阪売薬製造株式会社を設立し、(後商号を大阪医薬品製造株式会社と改めた)ここに於て従来各業者の製造していた売薬の中必要な売薬を製造し、当時これを所謂存置売薬と称したのである。訴外浪速製薬株式会社も右統合会社の設立に参加し、統合後は右大阪売薬製造株式会社に於て右訴外会社が製造し且商標権を有する「セイロ」丸を製造することになつた。従つて右訴外会社は事実上「セイロ」丸の製造販売をしないようになつた。ところで当時は製薬諸原料竝に労力の不足のため整備要綱の通牒が出されこれによつて業者は欲すると欲しないとに拘らず強制的に整備統合されたものであることが認められる。

このように今次大戦中強制的に企業整備を命ぜられ整備統合したため止むなく従来の製造販売を廃止したような場合は商標法第十三条に謂う営業を廃止した場合に該当しないものと解すべきである。けだし同条に謂う営業の廃止とは商標権者が積極的に自発的にその商標の商品に関する営業を廃止する意思で然かも客観的にも営業を廃止することが認識され得る行為に出た場合を指すものと解するを相当とするからである。従つて原告の訴外浪速製薬株式会社が営業を廃止したことを理由とする主張は理由がない。

(二)  次に成立に争のない乙第五号証竝に真正に成立したと認められる乙第四号証によると訴外田中正三は昭和二十二年三月十二日当時は訴外浪速製薬株式会社の取締役であつたこと、訴外浪速製薬株式会社が訴外田中正三に対して本件商標権を譲渡することについては右訴外会社に於ては昭和二十六年一月二十七日の株主総会に於て旧商法(昭和二十五年法律第百六十七号による改正前の商法)第三百四十三条に規定する特別決議を経たことが認められるから、右訴外会社より訴外田中正三に対する本件商標権の譲渡は法律上有効であつて、これの無効を前提とする原告の主張も理由がない。

(三)  更に原告は訴外田中正三は薬剤に関する営業をしていなかつたと主張するが、前記甲第五号証被告代表者本人稲吉太七訊問の結果によつて成立を認め得る乙第三号証の一乃至九証人広瀬重造の証言、被告代表者本人稲吉太七訊問の結果、原告代表者本人粟村栄一訊問の結果の一部を総合すると、前に認定した昭和十七年の売薬営業整備要綱によつて売薬製造業者が統合すると同時に大阪府に於ては所謂配置薬の販売業者が集つて大阪府配置商業組合(後に統制組合となり更に後に大阪府配置薬商業協同組合となつた)を結成し共同仕入共同販売を行うことになつた。而して当時政策的意味を加味して真実配置薬の販売業者でない者をも組合員として加入させ、その代り右組合中に更に真実の販売業者のみで所謂懸場帳主会を組織し組合による共同販売による利益の特別配分をしたのである。訴外田中正三は組合結成当時訴外浪速製薬株式会社の取締で個人としては薬剤の販売業を営んではいなかつたが、右訴外会社は製薬部面では前にも認定したように整備統合体である大阪売薬製造株式会社の設立に参加し、販売部面では取締の田中正三個人が右訴外会社を代表する意味で統合体である前記組合に加入し、且懸場帳主会員となつた。而してこの統合体である組合による営業は形式上は組合が仕入れをし組合の配置員が現実の販売行為を行うのであるが、これより挙る利益は各懸場帳主に配分され訴外田中正三も昭和二十三年五月頃迄その配分を受取つていることが認められる。これらの事実からみると訴外田中正三は昭和十七年三月大阪府配置商業組合が結成される迄は個人として売薬の販売業を営んでいたことはないけれども、右組合結成と同時に戦時下の強制的な変態的な組合の形式を用いた販売業者となつたものとみなさなければならない。以上の認定に反する原告代表者本人の訊問の結果は措信できないし、証人田中ことの証言には、訴外田中正三は昭和二十二年晩秋頃から京都府下の住家に病臥するようになつて夫である田中正三が何を営業していたのかはタッチしなかつたから良く判らないが、大阪からは人がよく来ていたという趣旨の部分があるが、この証言があるからと言つて訴外田中正三が前記のような営業をしていたことを認定する妨げとはならないし、又成立に争のない甲第二号証、同第三号証の一、二、同第四号証、を以つてしても右認定を覆すことはできない。更に原告は右訴外田中正三は法律上売薬営業はできなかつたと言うが、法律上の可能不可能と事実上営業したかどうかとは別問題である。

而して被告代表者本人稲吉太七の訊問の結果によると訴外田中正三は前認定の組合が解散して分離する際その営業と共に本件商標を被告会社に譲渡したことが認められるから、被告会社は適法に本件商標権を取得したものと言わねばならないし、従つて、更に引受参加人も同被告よりこの権利を取得したものと言うべきであつて、原告のこの点に関する主張も認容することができない。

三、そうすると原告の本訴請求は認容するに由がないから棄却すべきである。

四、被告は前に認定したようにすでに本件商標権を有しないのであるから反訴請求の権利保護の利益がなく、被告の反訴請求は棄却するの外ない。

五、原告が本件商標権の商標を自己の製造販売する薬剤に使用していることは当事者間に争がないところであり、且原告はその使用につき何等かの権原を有することが認められないのであるから、ひつきよう原告は引受参加人の有する本件商標権を侵害しているものと言わなければならない。そうすると参加引受人は原告に対し本件商標権の使用の差止めを求めうるものであることは勿論であるから引受参加人の原告に対する反訴請求は本件商標権の商標の使用の禁止を求める部分は正当として認容すべきであるが、本件商標権以外の商標権の商標の使用禁止を求める反訴請求部分は本訴と牽連関係を認め得ないからこの部分は反訴として不適法であるから却下すべきである。

六、以上の理由によつて原告の本訴請求に竝被告の反訴請求を夫々棄却し、引受参加人の反訴の中本件商標権に関する部分は認容し、他の部分は却下すべく、尚民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 喜多勝)

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